祖父が亡くなり、生前仕事場として使っていた鐡工場を相続することになった。
相続と聞くと、どこかプラスの出来事のように思われがちだが、正直なところ最初に浮かんだ感情は不安だった。古い鐡工場をこれからどうすればいいのか、まったく見当がつかなかったからだ。
地方ではよくある話だが、使われなくなった建物は簡単に処分できない。売ろうとしても買い手はつかず、解体するにも費用がかかる。何もしなければ固定資産税だけが毎年かかり、管理を怠れば近隣にも迷惑をかけてしまう。相続した瞬間に、この建物は「資産」ではなく「負担」になり得る存在だと気づかされた。
祖父の鐡工場は、住宅とはまったく違う造りをしている。天井は高く、柱や梁は太く、無骨で重厚な雰囲気がある。住むには向かないが、長年仕事場として使われてきただけあり、構造そのものは驚くほどしっかりしている。この建物を前にして、壊してしまうのはあまりにも簡単だと感じた。祖父が毎日ここで働いていた姿を思い浮かべると、なおさらだった。
そこで考え始めたのが、鐡工場をリノベーションして民泊として活用するという選択肢だった。地方でこの建物を活かす方法を考えると、賃貸や売却は現実的ではない。一方で、一棟貸しの民泊であれば、建物の個性そのものを価値に変えられる可能性がある。工場特有の広さや雰囲気は、普通の住宅では出せない強みになるかもしれない。
もちろん、簡単な話ではない。水回りの整備や断熱、防音対策、用途変更や消防、保健所の手続きなど、乗り越えるべきハードルは多い。それでも、この場所を単なる空き物件として放置するより、時間と手間をかけて新しい形に生まれ変わらせたいと思った。
この鐡工場は、祖父が人生の大半を過ごした場所だ。ただの古い建物として消えていくのではなく、人が集まり、泊まり、思い出をつくる場所として残せたら意味がある。地方では、こうした建物が静かに姿を消していく光景をよく目にするからこそ、別の選択肢を示したいという気持ちもある。
地方の不動産活用に正解はない。ただ、何もせずに時間だけが過ぎていくことが、結果的に一番の失敗になる。祖父の鐡工場を民泊にするという挑戦は、まだ構想段階に過ぎないが、このブログではその過程や悩み、失敗も含めて、地方目線で記録していこうと思う。
同じように相続や空き家、使われなくなった建物で悩んでいる人にとって、何かの参考になれば幸いだ。

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